秀峰によるブログ

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自我は悪者?

よく悟り系のメッセージに「悟りたいという欲望も自我の働き」とか言って、自我はとことん悪者にされてます。それは当たり前で、「自我」という言葉自体が、悪者的な使い方を前提としているからです。

 

なので、自我を、「生存本能」などと言い換えれば、言葉の悪者性は、たぶんなくなるでしょう。

 

インド哲学的に「アートマン」とか言っても悪者性はなくなりますが、自我とアートマンは別物だよ、という解釈もあるでしょう。

 

アートマンの存在を否定したと言われる仏教においても「自己」という言葉は肯定的な文脈で何度も出てきます。

 

アートマンだって、「自己の本質」を個別的な意味合いから表現した言葉だと思うし、「自己の本質」そのものは、一つの言葉では表現できず、苦し紛れに「それ」とか言われるものなのでしょう。

 

結局、非二元の決まり文句「私はいない」も、「私の本質は、この身体ではない」という風に単純に解釈してもいい。

 

または、本質の私は、何の所有者でもない、何の行為者でもない、何の責任者でもない、つまり、通常いわれる私はいない、なんて考えると解りやすいと思う。